月光・2




「えぇっ!?護衛さんを忘れてたぁ!?」
京介の声が響く。
鉄と雅也が隣で耳を塞いでいる。
そして同時に、京介の耳辺りで怒鳴った。
「すっ、すみませんです!僕、ちょっと外見てくるですっ!」
太一はタタタッとかけて行った。
左へ曲がっていく。

そして、戻ってきて右の方向に再び走っていった。
「・・・・・・なんなんだか・・ねぇ。」
杏は大変な事が起きそうだ、と頭を抑えた。



























「・・橘さん。また行ってきます。できるだけ、灯りを点ける事は避けてください。」
少女は囁くように橘に語りかける。
「無茶はするなよ。・・・俺がここにいる故に・・・すまない。」
「私が勝手にやっているだけです。・・・ゆっくり休んで、早く回復してもらいたいから・・・。」
少女は淋しそうに、穏やかに微笑み、その家をでた。
灯りが、消えた。




「・・・・・・また・・・・・・。そんなに殺して欲しいのかな・・・」
橋の傍。少女は昨日と同じく、いつもと同じようにそこにいた。
橘を助け、2,3日経ってからというもの、いつも橋に居る。







昨日とは違い、代表らしき男が一人、少女の前に出てきた。
「・・・・・・・・・何、アンタ。」
「・・・・若」
「名前を聞いてるんじゃない。・・・何で橘さんに付き纏うの。」
若と名乗った男は、少女に聞かれて黙る。
そして、目を瞑り、少女に刃物を向けてきた。
「・・・ッ!!」
何とか交せたものの、突然な事だったので左腕に切り傷がついた。
「・・・手、抜いただろ。」
若は答えない。
「・・・よく、わかりましたね。流石です。」
「・・・・・・アンタ・・・誰に命令されてる?」
「いくら貴方でも、それは俺には答えられません。・・・答えれば首を切られますから。」
首を切る=死。
流石に若もそれは嫌らしい。
少女も、同じ気持ちだ。
「・・・何で、私に手を抜いたの?」
「・・・貴方を殺さずに、連れて来いとの命令でして。」
「・・・じゃぁ、手は抜かない事。そう簡単に死にはしない。」
少女は無表情のまま、そう言い切った。
若は俯き、少女に見えないように微かに笑う。
「・・・今日は、まだ貴方をさらいに来た訳じゃありません。
貴方が本当にイブ姫か。それを確かめに来ただけです。」
少女は、目を見開く。そして、若を軽く睨む。
「・・・アンタ、どこの城の者?」
若はそれには答えず、その場を立ち去った。
それと同時に、周りに在った多人数の気配も他の場所へと移って行った。































「あっ・・・亜久津さん・・。ゴメンなさいです・・・。」
太一が外に出た時、外には太一よりもだいぶがっしりとした体格の男がいた。
亜久津と呼ばれている。
「あ・・・・太一君・・、その人?」
太一が迷わないか心配でついて来た辰が亜久津を見て驚いた。
「あっ、はい!そうです!」
太一はにこっと微笑んだ。
亜久津は太一よりもかなり身長が高い。
亜久津はだいぶ前から夜の外にいた所為か、少々震えている。
「あの・・・、今日は僕たちのところに泊まってください。」
「えっ・・・でも・・、そこまでしてもらっちゃ・・」
太一が慌てて言う。
だが、辰は太一の方をポン、と叩くと亜久津を見た。
「・・・あ゛ぁ゛?何だよ・・・・・・・・・・っくし・・・」
「あ・・・・・・・。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますです。」
辰はくしゃみをした亜久津を見て、怖そうだけど実は優しそう、などと思っていた。




「そんな訳で、杏ちゃん。亜久津さんも泊めてあげていいかな。」
「えぇ、別に構わないけど・・・アキちゃんが・・・」
アキラは杏の後ろに隠れて亜久津を睨んでいる。
「おぃおぃ、アキラ・・そんな威嚇する事無いだろ?」
鉄がアキラをあやすように言う。
だが、アキラだけではなく、京介も雅也の後ろに隠れている。
「きっ・・・京・・・俺の後ろに隠れるの止めろって・・・!」
「だ・・・だってよぅ・・・」
京介は明らかに亜久津を見て震えている。
「だ、大丈夫ですよ!亜久津さんはこう見えても優しいです!!」
太一がそんな様子を見てフォローを入れる。
だが、亜久津がアキラや京介を睨んでしまっては意味が無い。
「だ、大丈夫だよ・・アキラも京も。」
苦笑して辰が言う。
「・・・・・・けっ」
亜久津は悪態をつく。顔はほんの少しだけ赤くなっていた。
辰以外、それに気付いた者はいない。
「・・・・・・太一君と亜久津さんは、何でここまでイブ姫に会いに来たの?」
杏がふと思った事を口にした。
亜久津はその質問に微かに体を震わせた。
「お父様が、一度会ってみればって・・・」
亜久津の表情が強張る。
「ど、どうしたんですか、亜久津さん・・・」
「・・・・・・・」
だんだんと険しくなる亜久津の表情を見て、鉄が驚く。
ギッと鉄を睨み、溜息を吐いた。




壇が眠気に負け、辰に案内されていった後。
亜久津はポツリポツリと話し出した。
「お前等は信用できそうだから言っとく。伴田・・・太一の祖父が今は町を抑えてるんだがな。
そいつが・・・氷帝町の榊だかなんだかって奴とつるんでるらしい。」
「それがどうかしたのかよ。・・・俺らには関係ないじゃん。」
アキラが杏の後に隠れつつ、そう言う。
「最後まで聞け。その榊って奴は、イブ姫だかサブ姫だか知らんが、捕まえようとしてるんだとよ。」
「イブ姫です。」
区切りがついた所で雅也が突っ込みを入れる。
「って言うか、それよりも何でイブ姫が捕まえられなきゃ何ねえんだよ!?」
アキラが大声で言う。
「でかい声出すんじゃねぇ!」
ゴッと言う音と共に、アキラの悲鳴が上がった。
「何すんだよぅ!女の子にはもっと優しくしろよな!」
「お前女だったのかよ。」
「ひっで~~~!!!」
泣き出しそうな勢いのアキラ。
だが、杏はそれでも仕方が無いと思った。
「そ・れ・で?」
杏が今にも怒り出しそうな、だが笑顔でそう言った。
「あぁ。それで、太一の親父が、俺に『イブ姫に知らせろ』ってよ。だが・・・、伴田は太一の奴も狙ってたみたいでな。」
「・・そぅ・・・。それで太一君と来たのね・・・。でも、残念。イブ姫は今はいないわ。」
亜久津はギシ、と歯軋りをさせた。












次の日の朝。
『夢屋』はいつも通りに店を空ける。

それでも、いつもと違っていたのは・・
「ねぇ、杏ちゃん!!今さ、そこ通った人が言ってたんだけど、杏ちゃんのお兄さんらしき人、見かけたって!!」
「えっ!?」
アキラの大声によるその言葉の意味。
「嘘・・・兄さんが・・・!?」
「杏ちゃん、俺、ちょっと行ってくるよ!今日中に戻るから!!」
「え・・・・・・・・・;」
杏が何かを言いかけた途端、アキラは店を出て凄いスピードで走り去って行った。
「杏さん、アキラさん、どうかしたですか?」
太一が、奥の部屋からひょこ、と顔を覗かせた。
「太一君・・・・・・。ううん、なんでもないわ。」
にこ、と笑う。
太一は首を少し傾けたが、杏の言葉を信じ、また戻っていった。
「・・・桔平兄さん・・・」
誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
「杏ちゃーん!」
辰が呼ぶ声が、聞こえた。








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