月光・3
「うっわ〜・・・・こんなとこ、在ったんだ・・・・・・」
暫らく走りつづけていたアキラ。
それでも息切れをしていないところを見ると、相当体力があるらしい。
道の途中の景色に圧倒されていた。
橋があり、穏やかに川が流れている。
緑があり、陽射しが射し、きれいに輝いているようにも見える。
「・・・・・・う・・・」
橋の真中辺りに、既に乾ききって入るが・・・赤い血が落ちていた。
昨夜にでもついたのだろうか。
少々怖い、と言う気が起こった。
「は、はやく行こ・・・」
アキラは再び走り出そうとした。
「・・・・・あれ・・・かな?」
視線の先に、ぽつんと淋しく一軒建っていた。
「ん〜・・・・・・まさか・・・でも・・・なぁ・・・」
一人でその家の近くに歩いていく。
「杏ちゃん・・・のお兄さん、ここにいるのかな・・・」
だんだんと近づいてくる家を眼の前にして、今更ながら後悔する。
・・・・・誰も住んでいなかったりしたらどうしよう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フルフルと首を振り、家の前で何かを尋ねようとする。
「す・・・・・・・・・・」
言葉を出そうとしたとき、丁度よく引き戸が開いた。
「うっ・・・・・うわぁああぁぁ!?」
思わず大声を出して後退る。
そして、目を硬く瞑る
「・・・・・・何なんだよ・・・キミ・・・・・・」
アキラはそっと目を開けた。
いつの間にいたのか、目の前にはアキラと同じ位の年齢の少女がいた。
「わッ・・・わわっ!!」
アキラは驚き、さらに後退った。
「ちょっ・・・そっち、危ない・・・!!」
「・・・へ?・・・・・・・・・・うわぁぁぁぁあぁぁ!!!」
アキラの体が後に傾いた。
少女がぎりぎりでアキラの手を掴んだ。
「危ない・・・って言った、だろ・・・!」
少女は何とかアキラを引き上げ、溜息を吐いた。
「あ・・・・アリガト・・・」
「何・・・何か用だったの?」
「えっ・・・あ・・・橘さんって・・・知ってる?」
「・・・ッ!!知らない・・・!」
少女は妙に慌てた様子で、神尾の前から去ろうとした。
「えっ・・・ちょ・・・待てよ!橘さんの妹と、俺知り合いなんだよ!」
「・・・・・!?」
少女はアキラの言葉を聞いて振り返った。
「あ、やっぱりしてるんだ♪」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・」
結局アキラを家の中に入れた少女。
「橘さん・・・・」
「あぁ、聞こえてたぞ。」
中には、上半身を起こして座っている橘がいた。
外での話を全て聞かれていた事に、アキラは驚いた。
同時に、橘兄は地獄耳だとも思った。
「杏・・・『夢屋』を営っているそうだが・・」
「あ、はい。俺もそこで働いてます。」
少女は話をする二人をそっと見て、静かにその場を去ろうとした。
「・・・待て、深司。」
自分の事をちらりとも見ていなかった筈なのに、橘は少女に向かってそう言った。
「何処へ行く気だ?」
鋭く少女・・・深司を見る。
アキラは驚いて深司を見ている。
「・・・・・・・・・・」
深司は何も言わず、橘の傍に座った。
何故今、この場から離れようとしたのかは理解できていない。
深司は、昨日の出来事を橘に知らせてはいなかった。
知らせたら、自分どころか橘までもが危うくなってしまうかと考えたから。
橘は深司に何かがあった事はわかったが、言おうとしない限り、聞かない。
「(・・・・・・空気が凄く重い・・・)」
アキラは今までにないほどの空気の重たさを背負っていた。
何も話しをせず、ほとんどただその場にいるだけのような物。
これ以上に無いくらいの空気の重さをアキラは一人だけ感じていた。
「・・・あ、あの・・・」
勇気を振り絞って、やっとだが口を開く事が出来た。
「なんだ?」
返ってきた言葉は案外素っ気無いもので。
この空気の重さのものとは違うように感じた。
限りなく冷静だ。堅物とまでは言わないが。
「杏ちゃんのとこに、行きますか?」
「・・・・・・できればそうさせてもらいたい。だが・・・・・・」
ちら、と深司の方を見る。
深司は一瞬だけ橘と視線があい、すぐに逸らした。
「深司を、俺が居る事で危ない目に合わせてしまっている。『夢屋』は大勢居るんだろう?」
「・・・・・・・はい。でも・・・・・・橘さんがいたら、きっと杏ちゃんも喜ぶと思うんです。」
深司は自分には関係ないとばかり思っているのか、先ほどから二人を見ていない。
二人の話している事など、耳にも入れようとしていない。
だが、橘もアキラもそれにはとうに気付いている。
だから、わざと深司が振り向くような言葉を頭の中で捜している。
「あ・・・・・・・・・」
アキラが窓の外から差し込んでくるオレンジ色の光に気付き、声を上げる。
「あぁ・・・・もう夕方か。」
「そうですね・・・。そうだ!明日、杏ちゃんとか連れてきて良いですか?」
橘は、自分は構わないと言うと、深司の方を見た。
相変わらず、視線が他の違う方向を向いている。
「・・・・・・・・深司?」
「・・・・・・・・え・・・はい?」
深司は慌てて返事をする。
何も聞いていなかったからか、反対に聞く事になったが。
「いや、はい?じゃなくてな・・・。明日、アキラが俺の妹を連れてきたいそうだが・・・」
「・・・・・・あぁ・・・構わないですよ。そんな広くないですけど。出せるものも無いし・・・。」
深司の返事を聞いて、アキラはパッと明るくなった。
「じゃ、明日また来ます!」
「ああ。またな。」
「・・・・・・・明日。」
夜。
深司はいつも通りに事を済ませ、さらにこの真暗な中で、いつも通りのことを済ませようとする。
「深司。・・・・・お前、俺に何か隠していないか?」
その小さな家を出る前に、橘にそう聞かれた。
『隠していないか?』
その言葉を聞いた瞬間に、自分の中の何かが跳ねたような気がした。
「・・・・特に、何も・・・」
・・・・・・・嘘を吐いている。
橘に対して、そして自分に対して。
自分が何処の誰なのか。橘には何も話していない。
橘が、深司が他人と一番最初に言葉を交した、初めての人だったのに。
嘘を吐いてしまった。だが、信頼していないわけではない。
ただ、橘を自分のせいで傷付けたくなかった。
自分のせいで、傷付いた血縁関係の者は、少なくは無かった。
「・・・・・・そう、か・・・。」
橘は納得は出来ていないが、それ以上聞く事はせず、そこで終らせた。
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後書き